HOME > 国政ニュース一覧 > 国政ニュース詳細

国政ニュース詳細

2019年3月16日
虐待死事件の教訓:大人たちよ、命への誠実を貫け

3月13日(水)・3月15日(金)と連続して衆議院文部科学委員会にて質問に立たせて頂き、千葉県野田市で発生した「少女虐待死」の課程における学校・教育委員会・野田市・児童相談所の「連携」「対応」の「どこに決定的問題があったのか」を明らかにさせて頂きました。
「いじめに関するアンケート」に少女は「父親からの暴行」を訴えました。
学校は即座に野田市に通報。
翌日、学校に野田市職員が訪れ少女と面談。
「深刻な虐待を受けている可能性がある」と柏児童相談所に少女を送致し「一時保護」の措置がなされました。
ここまでは各機関が少女を虐待から守るための「正しい連携」がなされていました。
そして、その後、平成29年12月27日「父親の親族宅で生活する」「父親と一対一で会わせない」などの条件付きで少女への「一時保護」が解除されます。
しかし、年が明けた1月12日、事態は最悪の方向へと進みます。少女の父親が学校に乗り込み、ICレコーダーを回し、訴訟をちらつかせながら、学校に「情報公開」を要求したのです。
この際、なぜか児童相談所に「虐待通告」をした「野田市」、「一時保護・一時保護の解除」を決定した「柏児童相談所」は同席していませんでした。
3月13日に行った質疑では、その理由について文科省より「父親との間に感情のもつれがあるので市は同席しないほうがいいと判断した」(野田市)「日程の調整がつかなかった」(柏児童相談所)と聞き取っている、との答弁がありました。
児童相談所に送致したのは「野田市」であり、「一時保護・一時保護の解除」を行ったのは「柏児童相談所」。両機関は『当事者』なのです。
その『当事者』が参加せず、「虐待」を「発見」した「学校・教育委員会」のみで保護者に対応し、結果、校長は情報を公開するという『念書』を書かされ、翌日、教育委員会が、少女が虐待を訴えた『アンケート』のコピーを父親に手渡してしまうという最悪の結果を招いたのです。なぜ、こんな事になったのか。その事に私はずっと「強い疑念」を抱いておりました。
そして…3月15日の質疑においてその疑念に対する「事実」が明らかとなりました。
なんと「野田市」「児童相談所」は少女の父親に「虐待発覚の発端は学校である」と伝達してしまっていたのです。
言葉を失いました。
児童虐待防止法第七条では「虐待を発見し、通報した者を特定させる情報を漏らしてはならない」ことが規定されております。
にもかかわらず「柏児童相談所」と「野田市」は、少女の父親からどのような恫喝を受けたかは分かりませんが、「虐待者」に「虐待」の「発覚経緯」を伝達した上で「一時保護」を「解除」したのです。
「学校からの虐待情報が保護手続きの発端」=「少女が学校に訴えた事が虐待発覚の発端」という構図を、虐待者に伝えた上での「解除」。
あり得ない暴挙です。児相と野田市は最低でも保護者と学校の協議に同席し、場合によっては警察の協力をあおぎながら過ちに対する責任を取るべきでした。
子どもたち、とりわけ幼い子どもたちにとって「家庭」と「学校」は『世界のすべて』です。
「家庭」で虐げられ、耐えることができず「学校」に救いを求め、その結果「大人たち」が動いてくれた。
なのに少女の悲痛な訴えは、その「大人たち」によって「虐待者」に暴露され、再び「地獄の入り口」へと差し戻された…。
少女はこの時、本来、温かく包んでくれるはずの「世界のすべて」を失ってしまったのです。
「学校(少女)からの虐待情報が発端」と虐待者に伝えてしまっていたなら、絶対に「一時保護」は「解除」してはならなかったのです。
それは少女を地獄に突き落とす、ということになるからです。
その後、少女は親から転校させられ、程なくして児相から父母との同居を認める決定が下され、父親の怒りを一身に受けながら虐げられ続け、そして…小さな命は、消えてしまいました。
救えた命でした。
ただ、ただ、悲しく、申し訳ないです。
命が消えてしまってから3ヵ月も経なければこの事実が明らかにならなかったのは、消えてしまった命に対してあまりにも不誠実だと私は思います。
事実を曖昧にしたままで策定される「再発防止策」は「絵に描いた餅」に過ぎません。
結果、同じ悲劇が繰り返されることでしょう。
このままでは、虐げられている子どもたちも「もし、虐待を訴えたら、それは回り回って虐待者に伝えられ、さらなる虐待を受ける事になる」と思ってしまうでしょう。
柴山文部科学大臣は、今回の事件の経緯をしっかり検証した上で「二度と繰り返さない」という不退転の決意で再発防止に取り組むことを表明されました。
また合わせて、今、虐待やいじめに苦しんでいる子どもたちに「体制を強化し、必ず守る」という「大臣メッセージ」の発出を検討することも表明してくれました。
期待してやみませんが、いずれにしても「これから」です。
間もなく新年度、新時代を迎えますが、私はこれからも存在を賭して、理不尽に苦しみ、悩み、もがいている子どもたち、若者たちの傍らに寄り添い続けながら、これまで消えてしまった多くの命への誠実を貫きます。
どうぞ、見守っていて下さい。