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義家への質問

できるだけ多くの方の質問にお答えしたいのですが、必ずしも皆様に回答ができませんので、あしからずご了承下さい。
下記の質問への回答は、抜粋してご紹介させていただいておりますが、プライバシー等の問題で下記に紹介を希望されない場合は、質問内容にその旨ご記入下さい。

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Q.【消えたい】質問者:朋子 2011/02/07

私なんかいない方がいい。
私の人生なんて…。
消えてしまえば、もうこんな気持ちになることないよね。
人に追われることもない。人から逃げることもない。
こんな思いして、体調まで崩して、精神的にも参って……。
そこから抜け出すすべも見つからない。
だから消えた方が……。

A 義家弘介より
俺たちは消えることなんて出来ない。
現状の混沌から抜け出すために変えること。
それは、環境ではなく、まずは、自分自身なんだ。
下を向いていたら、絶望の地面しか見えない。
そうだろう。
ほんの少し、あごを上げて、目の前の物事を見つめてみてほしい。
何が見えるだろう。
もし、そこに希望が見えなかったら、もう少し先まで歩いていこう。
その時はまた、別の景色が広がっているはずだから。
誰が否定しても、俺は応援してるぞ!

Q.【いじめについて】質問者:ケイ 2011/01/27

義家先生、毎日お疲れ様です。
私は中学1年生の息子を持つ母親です。息子は中学に入り小学校から続けてきたバスケット部に入部しました。おとなしい性格で運動もあまり得意な方ではありませんが、バスケが好きで頑張っていました。
しかし、いつの頃からか落ち込んで帰ってきたり泣いたりの日々が続き、みんなに仲間外れにされている事を知りました。
部員のほとんどの子供が息子1人をいじめていました。
相手の子供達や親さんと直接話をしたりしましたが、いじめを認めたのは子供達だけで、親さん達はいじめを認めませんでした。
それからも1人でずっと部活を頑張っている息子を見るたび涙する日々でした。
しかし、限界がきたのか息子から「もう辞めたい」と話してきました。
バスケが好きでずっと続けたかった息子の気持ち、1人になっても頑張る!と言って半年間頑張ってきた息子がかわいそうでなりません。
自分達が軽い気持ちでした事が、1人の子供の心に傷をつけ人生を変えてしまうって事をいじめていた子達に気づいてほしいです。
子供に悪い事はいけないと教えてやるのも親の役目ですよね。自分の子供がいじめをしていたら、親が必死になってそれを子供に伝え、相手へ心から謝罪の気持ちを持てるようにする事がとても大切な気がします。
うちの子供の場合、楽しい事辛い事を日頃から何でも話してくれていたので、一緒に考えてやる事ができた事は救いでした。
「あなたが今まで頑張ってきたのはお母さん達はちゃんと分かっているからね、お母さん達はどんな時もあなたの味方だよ」と息子に伝えました。
今もどこかで苦しんでいる子供がいると思うと悲しいですね…
長くなり申し訳ありませんでした。
義家先生、お体に気をつけて これからも子供達のために頑張ってください!

A 義家弘介より
いったい、指導者は何をやっているのだ!
憤りを禁じえません。
私は担任を持っているとき、よくクラスの体育の授業や、それぞれの生徒の部活動での様子を見に行きました。
体育の授業は、ある意味で、一番、イジメを早期に発見できる授業です。
誰が好きこのんで、一人孤独に授業に参加しているというのか。誰が好きこのんで、スポーツを通して乱暴な仕打ちを受けているというのか。
それさえ、発見し、指導できない指導者は、いかにスポーツ指導が優れていようとも、教育者として失格だと思います。

そして、親の問題。
私たちも子供の時、そうだったように、大人には怒られたくないので、仲間がいるときは嘘や言い訳をして自らを正当化するもの。外で認めたことと、親に言うことが違うことは、誰しも少年少女時代にあったことだろう。
だからこそ、親は冷静に、そしてしっかりと『親だからこそできる向き合い』と子供と重ねなければならない。
それさえせずに、過ちを教えてやれない親に育てられる子供もある意味、被害者なんだと思います。

ケイさん、一緒に、このような不条理から子供たちを守るために頑張りましょうね。
大人たちがあきらめたら、渦中にいる子供達は守れない。
彼らを守る手がどれほど痛くても、どれほど傷つこうとも、必死に守りましょう。
やがて、彼らが一人前の存在として、自らの意思と希望を抱き、我々のもとから巣立っていくその日まで。


Q.【小さな奇跡】質問者:佐藤 2011/01/26

本日1月27日。
小さな奇跡が起こりました。
講師として教員生活を始め、初めて「この人本気だ」と感じた義家先生。本をすべて買いあさり、DVDを100回は鑑賞。板書も本やDVDの片隅の先生の文字をみて何度の練習。しゃべり方や叱り方も参考にさせてもらい、講演会には10回程度参加。そして2年前、見事教員採用試験合格。・・・

そして今日、担任する6年の児童を連れて国会見学へ・・・。「義家先生もここで熱を振りまいているんだな。」「もしかして会えるかも・・・なんてね。」

そんなことを考えながら、「鳩山さん・・・会議室・・・??」の前。まさかまさかの義家先生登場。すかさず自分は、「義家先生!!」すると先生が笑顔で手を振ってくれた。
個人的に、まさに「奇跡」としか言えなかった。高鳴る鼓動・・・アドレナリン大分泌。

帰りのバスではヤンキー先生と自分の話を交え、いつも以上に多いに夢、希望、感動、そして情熱を伝えてきました。

そして今日、何よりも「先生の目の輝き」
自分はこれに心打たれました。

もし、覚えていれば簡単な返事をいただきたいなと。

希望とやる気をありがとうございました。

A 義家弘介より
覚えていますよ!
丁度、政府から提出された人事案件のPTで衆議院の国会対策委員会室を訪れた時でした。
先生も、とても輝いておられたし、何よりも、生徒たちがとても元気で輝いた目をしていましたね。
絆と言う感じは『糸へん』に『半』と書く。
脆くて細い糸でも、お互いに放さなければ必ず繋がっている。そのことを改めて思い出させてくれました。

生徒たち!
この場所でも、みんなのことばかり考えながら走り回っている大人がいるってことを、覚えていてくれよ。

Q.【可哀想な教員のみなさん】質問者:ウル 2011/01/12

中2の息子を持つ母親です。「ヤンキー最終戦争」読みました。痛快でした。
小学校を感謝の気持ちで卒業したというのに、入った公立中学校では、明けても暮れても呆れることばかり。
半年くらい前までは、先生がモンスターなんだから、親もモンスターにならなければ、子どもが食われるぞ、などと思っていました。
でも、ふと気付きました。
学校という環境は「良い教師」を育てるようにはできてないんだな、と。
私たち人間は、どんな時に「人間」について学ぶのか?
私は、その最たるものは「金銭(利害)」と「争いごと」だと思っています。
お金儲けや争いごとは、醜い人間性がむき出しになりますが、その苛酷な状況の中でこそ、本物の「人間の美しさ・気高さ」も垣間見ることができます。
学校は「人間」を学ぶ場とはなっていません。お金を自ら生みだす必要はないし、それらにまつわる競争もありません。世の中の景気からも隔絶されています。
お互いの苦労?を「うん、わかる、わかる」といたわって、職場の人間関係を保っているのでしょう。
だから、学校を守り、生徒を守り(見当違いもあるけれど)、ご自身を守る力は、お強い。
しかし、ご自身が「人間」を知らないために、子どもの間で起こる「争い」や「利害関係」について、手も足も出ません。
何が醜く、何が美しいのか、心にしみる言葉を使う術を持たないのです。
この状況では「人間」を見つめる、厳しい目とあたたかい目の両方を備えるなど、夢のような話だと思います。
中には、「人間」を知る先生もいらっしゃいます。でもそれは、その先生の人生に由来しているものです。
こんな風に考えてみて、先生や学校に対し、鬼のように怒っていた私の心は鎮火してしまいました。
事態はいっそう深刻だ、と。
あなた流に言うなら、炎について知る機会のないまま消火作業に従事する消防士…ということになるでしょうか…。
私は、この問題にずっと取り組んでいきたいと思っています。
どうぞ、ご意見をお聞かせください。

A 義家弘介より
全く同感であります。
現在直面している自体は、一般的に問題とされていることより『より深刻』であると私は思っています。
是非、様々な論点で、今我々にできること、すべきことを議論しましょう。
私は責任と覚悟を持って教育再生を断行していく決意です。

Q.【はじめまして】質問者:大介 2011/01/11

僕は、高校を二度中退しました。
理由は、どちらとも非行です。
そして16歳でヤクザに憧れ、桜吹雪の入れ墨をいれました。
その後は、定職にも就かず、毎日のように警察に補導され、喧嘩や恐喝そして薬物にも手を出すようになりました。

そんな毎日を送っていたのですが、19歳の時、ある出来事をきっかけに更正を決意しました。

そして、三度目の高校に入学し卒業することができました。

だけど、体に入れ墨が入っていると高卒の資格を取ったくらいじゃ社会的に認められないと思い入れ墨を消すことにしました。

しかし、僕の入れ墨は広範囲だったので皮膚を移植しないと消せないと医者に言われました。

なので、必死に働き手術費の200万を貯め皮膚移植をして、入れ墨を消しました。

入院生活はとても辛かったのですが何とか耐えて退院することができました。

それから、さまざまな、試験にチャレンジをしたのですが、高校中退の経歴や補導歴、入れ墨を消した手術痕などが理由ですべて挫折しました。

そして、「どうせ、俺は何をしてもダメだ」と思い、部屋に引きこもるようになりました。
そして、死のうと思い自殺をしました。
運良く助かったのですが、それから、うつ病になり毎日薬を飲まないと生活できなくなり、薬物依存になって二度目の自殺をしました。
しかし、また助かってしまいました。

そして精神病院に入院し、またもや自殺を考えていました。
そんな時、母親から義家先生の本を渡されました。

僕は、義家先生の本を読み、生きる目標を貰いました。
あの時、先生の本を読んでなかったら、僕は、多分、死んでいたと思います。

今年の4月に、僕は、夜間の大学に入学します。働きながらなので大変だと思もいますが、俺も義家先生みてーな教師になたいし、っていうか、絶対なるんでがんばりたいっす。

俺の人生を変えてくれほんとにありがとうございました。

お礼がいいたくてメ−ルしました。

読んでくれてありがとうございました。

A 義家弘介より
そう、大切なのは『思考』ではなく、『試行』なんだ。
動きださなければ、何も変わらない。
過去は消すことが出来なくても、未来なら作ることができる。
あきらめるより、信じる。
俺はそうやって生きてきた。
あきらめてしまったら自分には何も残らないことを、少年時代、ずっと続いた暗闇の中でいやというほど知ったから。

思いっきり汗をかいて生きていこうぜ!
その日々は、必ず今までとは違う世界を切り開いていくから。
一緒に頑張ろうぜ!

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