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義家への質問

できるだけ多くの方の質問にお答えしたいのですが、必ずしも皆様に回答ができませんので、あしからずご了承下さい。
下記の質問への回答は、抜粋してご紹介させていただいておりますが、プライバシー等の問題で下記に紹介を希望されない場合は、質問内容にその旨ご記入下さい。

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タイトル
質問内容
 

Q.【先生。】質問者:あゆみ 2009/09/27

先生は.国会議員になられて
なにを目的とし.なにを変える事ができましたか??
正直言って.今の先生は遠い。昔は.毎週.先生の話しを聴いて先生の想いに触れる事が出来たし、メールを通して
先生からエールも頂けた、
すごく近くに感じてた先生の温もりが
いまはない。
先生.きついかもしれない、
辛いかもしれない、
でも私はラジオに戻ってきてほしい。

A 義家弘介より
俺もラジオに戻って、みんなと話したい。
でも、それは俺の意思だけでは、どうしようもないことなんだ。
俺にたくさんのお金があったら、それでラジオ局を作って、今夜からだって始めたい。
本当にそう思ってるよ。
でも、そんな力はない。
番組の編成は、パーソナリティー個人のやる気や意志が決めるんじゃなく、局が決めるものだから…。
ラジオは今はできないけれど、でも、週末は今も毎週のように全国の子供たちに直接会いに行ってる。
おとといは北海道に行って高校でずっと授業をしてきたんだ。
どうしたら、たとえ離れていても、毎週のようにみんなに直接の声で熱でメッセージを届けることができるか、ずっとそれを考えながら走り回っています。
ホームページの更新、モバイルパソコンを手に入れたら、できるだけするからな。
あゆみ、一緒に頑張ろうな!

Q.【先生、熱を届けて。】質問者:綾乃 2009/09/27

こんばんわ。
大学1年生になりました。
綾乃です。

私は、ずっとリストカットをしていて、誰にも自分の思っていることを言ってこなかった。
でも、義家先生にはラジオのメールでも大集会でも唯一悩みを言えた。
毎週聞いていたラジオがなくなって、ホームページでしか先生の熱に触れることができなくなった。

でも、私は3月から手首は切ってない。
切りたくなったときもあった。
でも、3月の集会で先生にもう切らないって約束したからだいぶ我慢してる。
頑張ってるんだよ、私。

まあ、切らないのが当たり前なんだと思うけどね。


高校生のときはよかったなって思ってる。
だって人間関係を築くのにクラスや部活があった。
今は、すごく人間関係が希薄になっている。
自分の存在意義を感じられない。
私の、生きている意味なんてないと思うけど、感じてみたいんだ。

リストカットをしないでも、自分が生きているって実感したい。
どうやったら実感できるかな。

私がこの先も生きていく意味ってあるのかな。
私なんかいなくてもよくない?

先生、答えてよ。
どんな答えでも納得するから。
でも、私が生きていなくてもいいっていうなら、私を殺して。

A 義家弘介より
生きている、それを実感する方法は、誰かにありのままの自分を認めてもらうことだと思う。
そのためには、綾乃が誰かのありのままを、まず認めようとしなきゃ。だって、相手が透明人間なら、認めたくても、認めようがないだろ?
今の場所が希薄な人間関係しかできない場所なら、そうじゃない場所を探しに行かなきゃ。
俺自身、政治の世界にいると、綾乃と同じようにたまらなく不安になる。だから、俺は今も教室を持っている。こうしてみんなとつながっている。
生きていて欲しい。
いや、この時代の真ん中で志を掲げながら一緒に生きていこう!
また会おうな!約束だ。

Q.【弱気な自分】質問者:チエ 2009/09/26

義家先生、お久しぶりです。チエです。昨日25日児童養護施設の同窓会みたいなのに行きました。自分が施設にいたことを隠すつもりはない。ただ、施設にいた時も心を開けなくて施設を出て何年も経っている今でも心を開けず強がってしまう。それだけじゃない。みんなは結婚して子どもが出来て幸せになっているのに…ウチは誰にも心開けずに一人で強がっているような気がして…過去を全て忘れるためにも、もう昔の仲間、施設の人とはしばらく会わない方がいいのかなぁ?と思ったりもしている。ウチは義家先生という存在を知ったおかげで夢を持てた。義家先生はウチの人生の先生だと思っている。今、昔の人に会って弱気になっている。だから、もう昔の人にしばらく会わないようにしようと思っているので、そんな自分に喝を入れて下さい。よろしくお願いします。

A 義家弘介より
俺は16歳で生れ故郷を追われるように後にした。
仲間に会いたかった。
幼馴染に会いたかった。
実際に会った。
自分がひどく取り残されているように感じて泣いた。
だから、思った。
みんなに胸を張って会える、そんな自分になろうって。

弱気な自分。
俺もそうだ。
強気なんて、ただ、虚勢を張っているだけ。
人はみんな不安で弱い。
だから、俺たちは繋がっているんだろう?

チエは何を胸を張って訴えられるだろう?
もし、自信を持ってこれってものがないなら、それを作ることから始めようぜ。
この世で一番すごいのは、夢のある奴だ。
過去を消すことはできないけど、でも、未来は創れる。
俺は過去への後悔や悲しみをしっかりと背負いながら、だからこそ、もう、あんな悲しみに包まれないようにと今日を生きてる。
自信を持てよ!

Q.【どうしたら…】質問者:あやにゃ 2009/09/26

私は過換気症候群と言う心の病気を抱えています。
友達と居る時急に不安になって過呼吸を起こしてしまいます。
いつかは病気と言う理由で友達を辞められてしまうのでは?
と言う不安からたまにパニック状態になります。
今は自分が心の病気と言う事を知って友達と付き合ってます。
でもいつか離れていくのではないかと
不安で不安で毎日怖いです。

私、ネガティブですぐに病んでしまう性格なんですが、
ポジティブになる事ってできますか?
自分の性格って変われますか?
そんな自分が大嫌いでいつかは自分の事
好きになれるようになりたいんです。
自分の性格変えたいです…
好きな人にも振り向いて欲しいのです…


先生からの厳しいアドバイスお願いします。

強くなりたいです…。

A 義家弘介より
気持ちをポジティブにするためには、まず、好きな物や、大切なもの、楽しいものを目の前に置いてみることだ。
たとえば、遊園地で遊んでいてネガティブになる人は少ないよな(苦手な人は別として)。犬が好きな人が、じゃれてくる犬の前でどんよりもしないよな。

ちょっとだけ心に、時間に余裕を持って、「これ、結構好き」、そんなものと向き合ってみようぜ。それが、大きな転機になるから。

そして、もう一つ。少しだけポジティブになれることやものに出会えたなら、それを自信の土台にして、『認めてもらう』ことを創っていく。それだって、そんな大層なものじゃなくていい。たとえば、パソコンのキーボードをブラインドタッチで打てるようになった、とか、そういうものでいい。そうしたら、また、自信の土台は広がっていく。だから今度は…。

百里の道も一歩から。
一歩を踏み出すこと、それ自体が『ポジティブ』なことなんだ。
強さはいらない。
しなやかさを目指そう。
折れてしまわない、しなやかな自分を。
頑張ろうな!

Q.【現場】質問者:カオリ 2009/09/02

はじめまして。カオリです。質問させてください。

すばり、義家先生はなぜ国会議員になったんですか?なにを変えるために現場をはなれたんですか?

私は中学の先生に何かを変えたければ国会議員になれといわれました。
何かを変えたいなどと思っていなかったのでなぜ言われたのかわかりませんが…。
義家先生は議員になってなにか変わりましたか?変えられると思っているんですか?
日本の議員は多過ぎる。一人の意見なんかそう簡単に受け入れてもらえていないんじゃないですか?

中学の時、一年置きに体育祭と発表会をこうごにしていました。三年になったとき体育祭の年だったけど発表会も両方することになりました。発表会では学年のほとんどが参加し、おかげで最高の思い出ができました。

三年のとき、卒業後に学校中ではカーディガンが禁止になりました。近所のひとからのクレームで。

うちは、現場のことはよくも悪くも現場でしか変えられないとおもいます。国会にいけば広い視野で教育を見られると思います。でもそれがすべて正しいんですか?結局現場のことは現場にしかわからないんじゃないですか?

なぜ、義家議員は現場をはなれたんですか?なにをするために国会議員になったんですか?

A 義家弘介より
国会議員になることと、現場を離れることがイコールだと一般的に言われているけど、俺は現場があってこそ、国会議員だと思っている人間です。

事実、今も、北海道芸術高校という広域通信制サポート校で授業を受け持ち(毎週受け持っているのは池袋校で)、『公教育』という『現場』からあふれてしまった子供たちとともに様々なことを考えている。
また、東北福祉大学でゼミを三つ、一般講義を一つ受け持ち、これから社会で戦っていく学生たち、教師を志す学生たちと毎週、教育問題や社会問題を考えている。
また、このホームページでの出会いをきっかけに多くの苦しみ悩む者たちや、親たちと直接、話し合いもしている。

しかし、クラスの人数、教員の数や養成、授業の内容、それらすべての教育政策・立案は国会でしかできない。
だから、国会議員に立候補して、その機会をみんなに与えてもらった。

国会議員でいることは、俺の『目的』ではない。
それは、自分の信じる教育を作るための『手段』のひとつにすぎない。

もちろん、教育問題以外でも、国会(立法府)に携わる者として様々な活動をしている。

すべては次の世代に確かなものを引き継ぐための活動だ。

変えられるか、そうでないのか、やる前からそれを決めつけて嘆くだけの存在でいたくはない。昔の自分自身のように…ただその思いを胸に必死にさまざまなものと闘っているよ。

それが、救われた人間の生き方だと思っている。

苦しいことや、ジレンマ、たくさんあるよ。
でも、歩き続けることが、今、できる精一杯のことだと思う。
逆風下で、立ち止まると、後戻りしてしまう。
だからこそ、自分にできる精一杯を今日も積み重ねています。

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