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義家への質問

できるだけ多くの方の質問にお答えしたいのですが、必ずしも皆様に回答ができませんので、あしからずご了承下さい。
下記の質問への回答は、抜粋してご紹介させていただいておりますが、プライバシー等の問題で下記に紹介を希望されない場合は、質問内容にその旨ご記入下さい。

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Q.【情熱のある教師】質問者:向日葵 2008/10/09

情熱のある先生は生徒にしっかりと伝わります。その場限りの言葉でごまかす先生は逆に生徒に伝わらない。
「キレイ事ばかりで実際は何にも出来ない」で、関係は終わります。

中学の先生に上っ面だけの先生がいました。口うるさい人ではなかったけれど、その先生を好いてると聞いたことは一度もありません。
逆に「いじめは絶対に許さない。掃除を一生懸命にやる」など、真っ直ぐの先生を生徒は信頼すると思う。少なくとも自分は…
初めは「この先生嫌だな」って皆で言ってたけど、最後の卒業式ではもう会えないのが寂しくって最後のHR先生の話を聞いて先生も生徒もみんな泣いていた。「20歳になったらみんなで酒を飲もう」そんな約束もした。
高校になってから中学の友達とその先生の話をしながら「初めは嫌だったけど、本当はいい先生なんだよね」って話をした。

口うるさくても生徒と真剣に向き合えばそれはしっかりと伝わる。生徒に遠慮とかをしてたら、馬鹿にされたりする。
初めは分かってもらえないとしても、日々を過ごしているうちに、しっかりとまとまっていく。ドラマのような熱血先生もたくさんいます。
楽しいときは一緒に笑って、間違っている時は真剣に怒る。
そうゆう先生がもっと増えてくれることを願います。
関係のない話ですいません。

A 義家弘介より
いつの時代も子供たちが求めている教師の姿は普遍だって思う。そして、それに応えようとしている先生を何としても守らなければ、と思う。大人たちはもう一度、自分が子供のころ、どんな大人を信頼していたのか、思い出してみるべきだと思う。まったく同感です。

Q.【ありのままの自分とこういう人間になりたい自分】質問者:まさ 2008/10/09

こんにちわ。学校をまともに行っていない俺ですが、、

ふと今日、義家先生の事を思い出してPCで調べてたらこの場を見つけました。

早速質問というか相談なのですが

普段の友達や人の関わり方が分からないでいます。
ふつうに友達はいるんですが、あまり深い関係が無く
たまに孤立する自分がいるんです。
そう思うとありのままの自分でいるより
こういう人間になりたい、周りからこいつといて楽しいって思われる人間になりたい
と思うのです。

でも…なかなかなろうとしても難しいですね。
自分は気分屋なのか孤立して周りに溶け込まないる自分もいれば
周りと楽しくいれる自分もいて。。
本当は毎日楽しくいたい!
要するに今の自分じゃ毎日楽しくしてける自信が無くて
だから今の自分を変えて
自信があって楽しくて、憧れるような人間になりたいと思うのですが

これってどうでしょうか???
ありのままの自分、こうなりたい自分どっちが正しいんでしょうか?

できればお答え頂ければ嬉しいです

A 義家弘介より
『ありのままの自分』なんて、たいした自分じゃない。そう思わないか?俺はそう思ってるよ。だから、成長したいって願いながら努力を重ねてる。でも、一年前に感じた『ありのままの自分』より、少しでも『なりたい自分』に近づけているように。
まさ、ひとつだけ、発想を変えてほしいことがある。
それは、『普通の友達』っていうとらえ方だ。
普通ってなんだ?友達って誰だ?
誰と、特別な関係になりたいのか。
そのために何が必要なのか。
そうやって考えると、具体的な課題が見えてくるだろ?
「周りからこいつって楽しい」
と思われることを望む前に、「自分が大切だと思える人に、こいつのことが大切だ」と思われることが大切なんじゃないだろうか。そして、そんな相手との関係を重ねたとき初めて、まさの思いは実現するんじゃないだろうか。
俺はそうやって生きている。
そうやって、今、お前と向き合ってる。

Q.【忘れられない!前に進めるのだろうか?】質問者:83 2008/10/08

私は、2007年3月にある中学校を旅立ちました。その学校での3年間は、充実していて
毎日が幸せでした。83人と言う決して多くは、ない学年集団の仲間たちは、本当に心が温かくて正に「一人は、みんなのために。みんなは、ひとりのために」と言う言葉がお似合いのそんな学年でした。
そんな学年の仲間たちと別れるのは、私の
これまでの17年の人生の中で一番悲しく、寂しく何より辛い出来事でした。
離れ離れになってから早1年。
周りの友達には、強気でいるけれどやっぱり辛い思いは、決して変わらない。
でも、何が辛いのか?が自分にもわからないんです。そして、一番私が恐れているのは、みんなが中学校での思い出を忘れていってしまうことです。
どんなに楽しい思い出だとしてもやっぱり人間です。コンピュータの様には、行かず
記憶は、薄れていってしまう。
でも、そうなってもいいからみんなと共にこれからの人生を共に歩んでいきたいって
本気で思っています。これって間違いなんでしょうか?
私は、この学年が本当に大好きです。
この学年でよかったって本気で思っています。しかしその学年のみんなのことばかり考えてしまい、前に進めていない気がするんです。大事な大事な宝物です。
それを差し置いてでも前に進んでいかなければいけないんでしょうか?
私は、そうは、思いません。
大事なものを差し置いてまで前に進む必要なんて無いと思っています。
前に進むことより大切なことがあると思うんです。それは、周りの人達を心から大切にすること。人は、決して一人では、息意行けない。だから、信じられる人が近くにいてくれれば人生は、とてもよい方向に
少しずつかもしれないけれど向かっていくと思います。
人生は、多分、辛いことの方が多いと思います。そんなとき、信頼できる人たちに助けてもらいながら乗り越えたい!って思います。

そして、私は、先生の気持ちや考えが良くわかります。
思い出せば辛くさせてしまうかもしれませんが2005年の3月に北星余市高校を退職された時の先生の気持ちは、良くわかります。
先生にとって充実していたのでしょうね。
私の中学校生活も色々な意味で充実していた為に離れなければならなかった時は、とても辛かったです。

最後に国会議員さんとしてこれから大変だと思います。今までの先生の人生で一番大変な時期なのかもしれません。
でも、私は、先生をいつでも応援しています。
共にこの世の中を少しでもよい方向になるようにがんばりましょう。今を生きる人々の為に・・・

A 義家弘介より
俺は救ってもらった人間。
だからこそ、振り返らず、この人生を賭けて戦っている。
たくさんの困難がある。
たくさんの難しさがある。
でも、森を再生しなければ、木々は守れない。
忘れる必要なんてないんじゃにだろうか?
ぬくもりの思い出は、それだけで困難に立ち向かう勇気になるのだから。
一緒に頑張っていこうな!

Q.【出来たら返事ください】質問者:白龍 2008/10/05

私は、今高3です。後、1ヶ月ぐらいで、大学受験です。まださきの事ですが、私は人見知りが激しくあまり上手く人と話すことが苦手です。なので、面接できちんと話せるかどうか今から不安です。親にも、あんたは面接で落とされるとか言われ、よけいに不安でたまりません。大学に入って、ちゃんと勉強して教師になりたいと思っています。小学校中学校といじめにあい、教師に何回も話したけど、相手にしてもらえなかったし、『いじめられるほうにも責任がある』とか言われて、凄くつらい経験があるから、いじめとかなくしたいし、生徒の気持ちをちゃんとわかってあげれる教師になりたいです。義家さんの事すごく尊敬しています。義家さんみたいな教師に出会いたかったな・・・。こんな私でも大学に入れますか?教師になれますか?今日、お父さんに『将来何になりたいんだ?』って、でも言えなかった。たぶん、『お前には無理だ』って言われる気がして・・・。お忙しいと思いますが、返事ください。義家さんしか頼れる人がいません。お願いします。
体に気をつけて頑張って下さい。応援しています。長々とすみませんでした。

A 義家弘介より
大学に行くのは白龍の『目的』じゃなく、白龍の未来の夢を実現するための『手段』に過ぎない。コンプレックスやままならなかった歴史は、将来の武器になる。だからこそ、相手の気持ちがわかるんだ。
まずは夢への自信を持て!
確固たる志を抱け!
それが、弱点克服の第一歩。
一人で頑張れなんて無責任なことを言わない。
俺の弱点と闘いながら、今日を生きてる。
夢に向かって生きている。
夢は逃げていかない。
自分から逃げない限り、夢は逃げていかない。
近づこうぜ!
将来にある夢に。


Q.【ゆらいでいます】質問者:ひろ 2008/10/02

私は公立の中学校で教師をしている者です。
去年までは特別支援学級の教師をしていて、今年通常学級に赴任しました。
前の学級の教育は生徒の自立のため周りには
厳しい指導をする先輩方が自分には尊敬できました。特に周りには優しい先生方が多いので私は厳しい役をやってみようとがんばりました。しかし、次第に生徒から疎んじられるようになっていきました。正直、自分のやり方がまずかったのかと思っています。生徒に対してどのような自分でいるかが迷っています。自分の中で生徒との距離が難しいです。義家先生の本を読んでいて熱い気持ちをいつも忘れずにいたいと思っています。お忙しいとは思いますがお体に気をつけて頑張ってください。世間が言うほど教育現場は腐っちゃいない。熱い思いをもって頑張っている同志もたくさんいます。

A 義家弘介より
よく分かっています。
だからこそ、そんな先生方を守るためにも、教育を正常化させなければならないのです。
厳しい指導、甘い指導、教師にとってどちらか簡単か。
もちろん、後者だ。
教師とて人間。
生徒たちから嫌われたくないし、話の分かる先生だと言われたい。自分のために教育をしているならば、きっと後者に流れていくだろう。
しかし、教育は生徒のためにやるもの。
だからこそ、駄目なものは絶対に駄目だと言い続けねばならない。
しかし、今、そんな先生が潰れそうになっている。
そして、そのことと比例するように、信じられない問題が学校という場所で起こっている。
もしも、ひろ先生のような人が潰れてしまうなら、教育は死ぬだろう。
だからこそ、その器作りのために、俺は人生を賭けて戦っています。
一緒に頑張りましょう!
そして…それが実現できたなら、先生のような人たちと共に、教室で戦いたい。
それを夢見ながら今日も頑張っています。

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