参議院議員「義家弘介」OFFICIAL WEB SITE | 活動報告

国政報告

2008年3月25日 参議院文教科学委員会

○義家弘介君

 自由民主党義家弘介です。本日はどうぞよろしくお願いします。

 先ほど大臣が子供たちが誇りに持てる国をつくっていかなければというお話をされていましたが、私は高校で政治・経済を教えてきましたが、経済分野で日銀の役割、日銀総裁の役割などを必死に生徒に説きながら、実は日銀総裁不在と。とにかく話合いをしっかりしなければならないと教えてきましたが、国会では話合いさえできないと。そういう子供たちにとって非常に説得力のない状態が実は国の中で行われてしまっている現状の中で、しかし一方で、だからこそ教育再生をきっちりと行っていきながら、大切なものは何なのかということを彼らにどう示していくのかが問われている時代のような気がします。今日は所信内容に従いまして一つひとつ思うところを質問させていただきます。

 まず、教員の質の向上、能力の向上について、多様化が進む現在の中で、20年、30年前に教職課程で学んだ内容、それを新たに継ぎ足していかなければならない内容がたくさん出てきているように思いますが、その中でまず教員免許更新制、これの運用についてですけれども、現在のところの検討状況を是非文部科学省の方からお聞かせ願いたいと思います。

○政府参考人(金森越哉君)

 お答えを申し上げます。

 平成21年4月から実施をいたします教員免許更新制の運用についての検討状況でございますけれども、昨年6月の教育職員免許法の改正を受けまして、中央教育審議会の教員養成部会において教員免許更新制の具体的な運用方針について審議がなされ、昨年12月に報告が取りまとめられたところでございます。この報告に基づき、現在、教員免許更新制の実施に必要な省令等を準備しているところでございまして、今月中の公布を予定をいたしております。

 20年度は、平成21年度からの制度開始に向けまして、免許状更新講習の試行の実施やまた制度の周知等の様々な準備を行ってまいりたいと考えております。

○義家弘介君

 この免許を更新する、これは教員にとっては負担も非常に大きいものでもあります。だからこそ、この内容についてはしっかりしたもの、説得力のあるものであらなければならないと思いますけれども、今お聞きした限りの話ではほとんど中身が詰まっていないというようにしか聞こえないわけですけれども、その辺についていかがお考えでしょうか。

○政府参考人(金森越哉君)

 お答えを申し上げます。

 教員免許更新制の具体的な運用方針につきましては、ただいま申し上げましたように、中央教育審議会の教員養成部会から昨年12月に報告が取りまとめられました。それによりますと、例えば講習の内容などにつきましても、教職についての省察や子供の変化についての理解、また教育政策の動向についての理解、学校の内外における連携協力についての理解に関する事項、これを12時間2日相当、また教科指導、生徒指導その他教育の充実に関する事項、18時間3日相当など、教育の内容について御報告をいただきましたし、また講習の免除対象者や開設者、また受講対象者、受講時期、あるいは講習の質の確保など、多岐にわたって運用の詳細に関する御報告をいただいたところでございます。

 現在、教員免許更新制の実施に必要な省令の準備を進めているところでございますが、その省令におきましては、ただいま申し上げましたような報告の内容に沿った省令にしてまいりたいと考えているところでございます。

○義家弘介君

 それでは、現在のところで結構ですので、免許を更新しない条件、この免許を更新しないのはどういった場合においてなのかお聞かせ願いたいと思います。

○政府参考人(金森越哉君)

 お答えを申し上げます。

 免許の更新がなされない場合ということでございますけれども、免許状の有効期間がございますが、有効期間の満了までに教員として必要な最新の知識、技能が習得されず、大学などが実施する免許状更新講習の課程を修了できない場合には、免許状は更新されないということになっております。

○義家弘介君

 昨年の12月25日に出されている中教審の養成部会の報告の中においては、筆記試験又は実技試験の成績審査を設置者の下で行うということが明記されていますが、それについては間違いないでしょうか。

○政府参考人(金森越哉君)

 免許状更新講習の修了の認定につきましては、講習内容についての適切な理解を有する場合に行うことといたしておりまして、認定の方法は、客観性を担保いたしますため試験による成績審査によることとしているところでございます。

○義家弘介君

 その基準の中では、Sが90点から100点、Aが80点から89点、Bが70点から79点、Cが60点から69点で、Fが0点から59点。

 この0点から59点のFが更新しない条件ということの理解でよろしいでしょうか。

○政府参考人(金森越哉君)

 お答えを申し上げます。

 修了認定は、開設者の行う筆記試験又は実技試験による成績審査に合格した者に対して行うわけでございますけれども、ただいま御指摘がございましたように、成績審査につきましては、各事項の到達目標の内容について、対応する確認指標に照らし、S、A、B、C、Fの評価を行います。Fと評価された者、これは点数で申しますと零点から59点で当該事項の到達目標に及ばないということでございますが、このFと評価された者のみ不認定とするというふうに考えてございます。

○義家弘介君

 この免許を更新するかしないか、これはその先生の職のみならず、目の前の生徒たちのことも大きく影響してくるところだと思いますので、この中身についてもっと具体的に、じゃ基準は設置者によって本当に同じ、開設者によって全く同じにできるのか、どこかの自治体の、どこかの大学の研修では甘くて、どこかはすごく厳しくてというようなことが起きないのか、これ様々な議論が今後とも必要だと思いますが。

 ただ1点、この免許更新制について、私自身再生会議のころからずっと関心を持ちながら見守り続けてきましたけれども、2つの側面があったと思うんです。まず1つは、指導力不足教員の、不適格教員、それをこの免許更新制によって退場していただくと、それから学び直し、この両輪があったと思うんですけれども、現在の審議の中の中心というのは学び直し一本になってしまっているような感覚を私自身感じているんですけれども、その辺については、渡海文部科学大臣、いかがでしょうか。

○国務大臣(渡海紀三朗君)

 やっぱり、教員の免許というのは、子供がしっかりした教育を受けるという意味においてまず一義的に大変重要でありますから、ですから、こういう制度によって、しっかり10年に1回は実は研修を受けていただく、新しい知識、新しい知見もちゃんと学んでいただくと、こういう意味があるんだというふうに思っております。そういうことをまずベースとした上で、今義家委員が言われたように、それでもなおかつ不適格であればこの免許というものを結局停止をするといいますか、そういうことなんだと思うんですね。

 ですから、どうしてもやっぱり、私と義家委員、今順序を逆にしたわけでありますけれども、まず順序としては、そういったことがまずベースにあって、そして不適格であればなおかつ再度研修もちゃんと受けていただいて、それでも駄目だという、こういう仕組みになっていると。

 要するに、すぐ退場ということではなくて、やっぱりこれは教員にとっても大変重いわけですから、そのことをちゃんと分かっていただいた上でやっぱり納得をしていただいて、駄目なときは駄目だという形になっているので、どうしても、どっちかというと学びの方が中心になっているんじゃないかというふうに見えてしまうんだというふうに私は思っております。似たような印象は、当初、案が出てきましたときに私も持ちましたから、そのように理解するのが今正しいかと思っておりますが。

○義家弘介君

 私自身の今の感覚としては、現行のままこれが導入されたときは、恐らく運転免許証の更新のように、さらっと研修を受けて大体受かるというような制度になっていくような気がするんですね。

 そうすると、教員の場合、10年研も同じようにあるわけですけれども、その免許更新制と10年研の明確な差ですね、その差別化が図られていないと、単に負担だけを増やしてしまう。極端に言うと、単純な運転免許証の更新のような更新であるならば、10年研を充実させるということで成り立ってしまう、極端に言えば成り立ってしまうわけですけれども、その辺の明確な違いというのは今文部科学省はどう考えていらっしゃいますか。

○政府参考人(金森越哉君)

 お答えを申し上げます。

 10年経験者研修は、任命権者である各教育委員会により、採用されて10年程度を経た公立学校教員に対しまして、得意分野づくりや専門性を高めることを促すための制度として平成15年度より実施されているものでございます。また一方、教員免許更新制は、国公私立すべての教員に対して、教員免許状取得後10年ごとに、最新の知識、技能を身に付けさせるための制度と位置付けているものでございまして、両者はその趣旨、目的等を異にするものでございます。

 その運用におきましても、開設者や実施形態、期間、職務との関係において両者は異なっておりますし、特に教員免許更新制では、講習の課程の修了の認定が試験による成績審査により厳格に行われるなどの点におきまして、10年経験者研修と大きく異なっているものと考えております。

○義家弘介君

 いずれにしてもまだ途上ですけれども、この件について、現場にいる教員の皆さんは戦々恐々しているわけですね。どのような議論が行われ、どのようにして下りてくるのかということで、かなり戦々恐々しながら見守っている。だから、途中経過の発信というのも納得のいく形で下りていくべきだと思いますので、是非それは十分にしていっていただきたいと思うことの一方、なぜその指導力不足教員の認定というものに私はこだわるのかというと、毎年4月になると学校周辺から必ず聞こえてくる言葉があります。

 うちの今年の先生は当たりだから、うちの今年の先生は外れだから、うちは最悪、あの先生だからという形で、必ず聞こえてくる声がありますが、教育公務員特例法が改正されて、指導が不適切な教員の認定及び指導改善研修についての規定が盛り込まれて、この4月から義務付けられましたけれども、現実問題として、現行の指導力不足教員の認定ガイドラインの中で本当に実情に合った指導力不足教員の認定ができると大臣考えていらっしゃいますか。いかがでしょうか。

○国務大臣(渡海紀三朗君)

 その前に、この免許制というのは、20年度、1年間試行をやるという期間がございます。そういう中でしっかりと制度がうまく働くのかどうか、そういったことも検証しながら、初めて導入する制度でございますから、より良いものということで御審議をいただいて中教審で、出していただいておりますが、常にやっぱり検証ということも重ねながら運用していきたいということを申し上げたいというふうに思っております。

 ガイドラインについて実はお答えがございました。うまく働くのかと言われれば、そうするために実はガイドラインを作ったというふうにお答えをせざるを得ないと思うんですけれども、むしろそういうものがうまく働くように現場の状況を見守りながら、我々は適正に都道府県教育委員会に対してやっぱり指導をしていかなきゃいけないんだろうというふうに思っております。

○義家弘介君

 これまで多くの学校長たちと話をしてきたんですけれども、この問題について、基本的には学校長が教育委員会にこの先生という形で言うわけですけれども、これ考えてみると、例えば企業だったら、リストラを行うときに直属の部課長が行うようなことはないわけですね、人事の担当の人が行う。これ学校長がそれを行った途端に教員の協力、賛同が得られないと。つまり、明らかにだれの目から見ても指導力不足教員という者に対してはできるけれども、規定が結構あいまいで抽象的ですから、そういう中でグレーゾーンの教師というのは、じゃ認定できると、この人は指導力不足だなんていうことは言えないと。だから、結果として、学校から出すことは校長の権限で可能だから、グレーゾーンの教師は教育現場をたらい回しにされているような現状なんです、先日お話しした学校長ともそのような話をしましたけれども。

 だからこそ、校長先生だけにそれを押し付けるのではなくて、この先生は駄目だというようなシステム、そういうものを外部でも内部でもあるいは教員免許更新制でもいいけれども、つくっていく必要がある。なぜなら、一番これで苦しむのは当然授業を受けている子供たちであり、ホームルーム運営を受けている子供たちであるというものなんですね。だから、これは校長の権限強化含めて後押しを教育委員会及び文科省も積極的に行っていかなければ、結果として難しい。

 さらに、研修といいますけれども、例えば私が教育委員をしてきた横浜は約500校がありますけれども、その中でぼんぼんぼんぼん指導力不足の具体的なガイドラインをして機械的にはねたら、これ研修する場所ありません。現実には研修に当たる人間も確保できないという。今は指導主事の先生等がやっておられますけれども、現実にはこれ、研修のガイドラインが盛り込まれた、規定が盛り込まれたといっても、現実にこれ運用するといっても整備しなければならないものがあるわけですね。

 そこに対して応援のための予算措置であったり、応援のための問題であったりというのはできるのかどうなのか、是非、ちょっとどういう方向で考えていらっしゃるのかお聞かせ願いたいと思います。

○政府参考人(金森越哉君)

 この2月に指導が不適切な教員に対する人事管理システムのガイドラインというのを私ども作成をいたしまして、必要な措置が公正かつ適正に行われるよう各種の条件整備を促しているところでございます。

 例えば、御指摘のございました、指導が不適切である教諭の認定に係る報告、申請に当たって校長の負担が重いというようなことにつきましては、教育委員会が指導が不適切である教諭等の認定に係る報告、申請に当たって指導主事や校長経験のある教員などによる学校訪問を行いまして、校長とともに指導が不適切であるか否かの判断を行うなど校長と一体となって取り組むこと、また教育委員会が校長に対し認定に必要となる観点や評価項目などを示しまして、あらかじめ評価のポイントとなる点や記入例、記録の目安などを整理し明示しておくことなど、校長の負担を軽減するための教育委員会の対応策を示したところでございます。

 このガイドラインを踏まえ、各教育委員会において指導が不適切な教員に対する人事管理システムが適正かつ公正に運営されるよう指導してまいりたいと考えております。

○義家弘介君

 お話の内容はよく分かりますけれども、現場、実際に校長先生の気持ちになると非常に複雑な思いだろうなと。

 教育というのは1人のカリスマではできない、ある意味で、いい意味でも悪い意味でもみんなでやっていかなきゃいけない、協力しなかったらできないわけですよね。その中で、でも一方で校長と教育委員会がそれを認定するといっても、なかなかそこに一歩を踏み出せない現実がある。だから、これはもう少し具体的な後押しをつくっていく必要があろうと私自身は思っています。

 その上で、次の質問をさせていただきます。

 所信の中にもありましたが、めり張りある教員給与体系の構築とあるが、具体的にはどのようにするのか。頑張っている先生を徹底的に応援していくことは何よりも大切だと思いますが、めり張りある教員給与体系の構築、是非その具体的案を教えていただきたいと思います。

○政府参考人(金森越哉君)

 お答えを申し上げます。

 教員給与の見直しにつきましては、いわゆる基本方針2006や2007、また、教育再生会議の報告や平成19年3月の中央教育審議会答申を踏まえ、めり張りある教員給与体系の実現を図ってまいりたいと思っております。

 このため、具体的には、部活動手当など教員特殊業務手当の倍増や、副校長、主幹教諭、指導教諭の処遇に要する経費を平成20年度の義務教育費国庫負担金予算案に計上しているところでございます。

 一方、基本方針2006に基づき、人材確保法による教員給与の優遇措置の縮減といたしまして、義務教育等教員特別手当の縮減にも着手をすることといたしておりまして、引き続き、平成21年度以降の課題として、教職調整額や給料の調整額、管理職手当等の見直しについても検討していきたいと考えております。

○義家弘介君

 給与にめり張りを付ける、これは難しいといえば確かに難しいんですが、一方で、だれの目から見ても頑張っている先生と、だれの目から見ても頑張っていない先生、これは明らかなわけですね。その辺にしっかりとした差を付けていく、モチベーションを付けるということはすごく大事なことの一環だと思いますけれども。

 一方で、この1月、そのめり張りある給与体系をめぐって大きな事件が起きました。北海道教職員組合が査定昇給制度導入に反対して何と時限ストライキを行い、そして処分されると。その人数は、道内の公立学校教職員の45,000人のうちの三分の一に当たる約14,000人が勤務中に校外に出て時限ストライキと。

 この大問題について、渡海大臣、いかがお考えですか。

○国務大臣(渡海紀三朗君)

 今御指摘がありました件については、大変極めて遺憾なことだというふうに考えております。
 そういえば、私が子供のころも、今日はストで実は学校は自習だというふうなことがあったなと思い出しておりました。

 我々は、今、北海道教育委員会及び札幌市教育委員会幹部をそれぞれ文部科学省に呼びまして状況の報告を受けますとともに、スト参加者に対しては任命権者としての権限と責任というもので厳正に対処していただきたいということを申し上げて、要請をしたところでございます。

 文部科学省としては、北海道教育委員会及び札幌市教育委員会に対し、教職員の服務規律というものの確保に厳正を期していただくようにしていただきたいと、そのように考えておるところでございます。

○義家弘介君

 私も北海道に12年間住みましたけれども、北教組はかなり北海道の教育界には大きな影響力、力を持っているところですけれども、公務員の争議行為を禁止した地方公務員法違反、これは明らかだと思うんですけれども、教育基本法の16条違反にこれは該当するかどうか、大臣はいかがお考えでしょうか。

 ちょっと説明が足りませんでした。不当な支配に服することなく、この法律及びほかの法律の定めるところにより教育は行われるべきであるという規定について。

○国務大臣(渡海紀三朗君)

 職務命令違反でございますから、不法行為だという認識でございます。

○義家弘介君

 子供たちは失敗をすると裁かれます。どんな言い訳をしようとも、駄目なものは駄目という形で切り捨てられていく。これは当然、昔の私もそうでしたけれども、自ら行ってしまったものには責任を当然取るべきだ。しかし、一方で、教員が明らかな法律に抵触するような行為、それを三分の一も堂々と行えてしまうという、このゆゆしき状況の中でめり張りある給与体系をつくっていくと、これはまさに大きな闘いとなっていくことだと思いますけれども。

 実は、私の友人でもこの北教組に加入している先生がいます。その先生に、すごくまじめで、そして生徒のために熱心な男なんですけれども、その先生もここに参加して実は処分されました。そのときに、何でおまえが部活をほうり出してこんなことをするんだという連絡をしたところ、彼は、自分だけ参加しないと言ったら逆に大変なことになるんだというふうに、かなり大げさなのかと思われるように言っていたわけですけれども、そういう縛り自体も存在するということなんですけどね。

 それどういうことなのかというと、そんな大変なことになるなんて大げさなものじゃないだろうと思われる方も多いですけれども、この処分された中には教頭昇進試験に合格して候補者名簿に登録されている教員49人、受験者67人もこの中には含まれていて、そして教頭がいなくなる事態を避けるために現状ではそのまま登用には影響させないという方針も出されています。つまり、そういう人たちも管理職になっていくわけですね。そうすると、その私の友人が言うには、そんなことをした日には4月から始まる校務分掌とか授業の持ち時間の時間割の部分とかが大変なことになってしまうと、だから結果として、自分は部活やりたかったけれども結局できなかったんだという話でしたけれども。

 こういう平然とストライキ、時限ストを打ってしまえる、そういう人が管理職になるということについては、渡海文部科学大臣、どのように考えますか。

○政府参考人(金森越哉君)

 お答え申し上げます。

 教頭に登用されようとする者が御指摘のように今回の争議行為に参加したということは極めて不適切であると言わざるを得ないと考えております。過去に処分を受けた者を教頭として登用するかどうかにつきましては、任命権者である北海道教育委員会におきまして、その権限と責任に基づき判断されるものではございますが、学校の責任ある管理運営体制を確立するためには、管理職の登用を厳格に行い、適格者を任命することが重要であると考えております。

 いずれにいたしましても、文部科学省といたしましては、北海道教育委員会に対し、教職員の服務規律の確保に厳正を期していただくよう、引き続き指導してまいりたいと存じます。

○義家弘介君

 一方で、札幌市は政令市ですから、処分が道教委と札幌市教委の2つに分かれるわけですけれども、この処分は同一性がないわけですね。北海道は参加者の大半を処分した、99%を処分したわけですけれども、札幌は、授業を放棄したと、授業をやらなかった人間だけを、それを理由として処分、ほかは文書訓告としたわけですけれども、この違い、同じ北海道にありながら教育委員会の対応自体が、同じ行為で同じ組合活動で行われたのに処分が違う、この辺については文部科学省としてどのようにお考えになるでしょうか。

○政府参考人(金森越哉君)

 北海道におきまして、教職員のストライキという法令上禁止されている違法行為により約14,000人の教職員が懲戒処分等を受けたということは極めて遺憾なことでございます。実際にどのような処分を行うかは基本的には任命権者の裁量にゆだねられておりまして、今回の処分につきましては、任命権者である北海道教育委員会と札幌市教育委員会においてその権限と責任に基づきそれぞれ判断をされたものと考えているところでございます。

 いずれにいたしましても、教職員の服務規律の確保を厳正に期していただくよう、北海道教育委員会及び札幌市教育委員会に対し引き続き指導してまいりたいと存じます。

○義家弘介君

 行為が同じでも管轄によって、教育委員会によって処分はばらばら、これは教育として全く説得力のないことのような気がするんですけど、その辺はいかがお感じになりますか。

○政府参考人(金森越哉君)

 お答えを申し上げます。

 御指摘のように、北海道教育委員会と札幌市教育委員会で今回のストライキに対する処分の内容に違いがあるわけでございますけれども、先ほど御答弁いたしましたように、実際にどのような処分を行うかは基本的には任命権者の裁量にゆだねられておりますことからこういった違いが生じたものと考えているところでございます。

○義家弘介君

 違いが生じたものと考えるのはよく分かるんですけれども、本当にこれでいいんですか。同じ行為、同じ場所で、同じ目的の下で行われている者に対して管轄者によって処分が異なるということで、これはいいと言うしかないというのが今の文部科学省の姿勢でしょうけれども、今後ともこういうことというのは起こり得ることであって、教育の説得力という意味ではこれは全くない。同じことをやったのに、ある子は無罪放免で、ある子は処分されるというようなことが起こり得るわけですから、こういうところについて、地教行法の改正もありましたけれども、文部科学省としてどのようなガイドラインを出していくのか、どのような要求をしていくのか、今後問われることだと思います。

 また、この北教組は一昨年12月のいじめの再調査も学校に対して拒否しろという形で、滝川事件も含めていじめ自殺も起こった中で、再調査さえ組合活動として拒否しろという要求をしている。かなり問題のある部分だと思いますので、これについて、後押しも含めて国の方でもしていかなければならないのではないかと私は強く感じています。

 さて、この北教組ですけれども、日教組に属する組織なわけですけれども、中教審の中にも日教組関係の方が入っていますけれども、現実的にこのような問題が日教組の中で起きている中で、本当にスピードを持った教育改革、教育再生というのはできるのか、少し心配になるわけですね。そして、今の答弁にもあるように、かなり文部科学省はこの問題に対しては一足引いて対応しているようにさえ感じるわけですけど。そしてこの中教審の中にも日教組関係の方が入っているという、その部分についての資料等をお願いしたんですけれども、ほかの資料はスピーディーに持ってきてくれるんですけど、この資料については全く持ってきてくれませんでした。これはずっと最後まで待っていたんですけど、くれませんでしたけど、その辺についていかがお考えでしょうか。

○政府参考人(加茂川幸夫君)

 中央教育審議会の委員構成と会議の運営についてのお尋ねでございます。

 まず、事実関係を申し上げさせていただきますと、中央教育審議会の委員には現在30名の学識経験者が任命をされておりまして、いわゆる総会を構成をいたしております。この委員の中には御指摘の団体の出身の委員は含まれておりません。ただ、委員とは別に臨時委員という方が発令をされておりまして、この臨時委員としましては御指摘の団体の出身者が1名任命されておりまして、初等中等教育分科会等に分属をいたしております。

 また、中央教育審議会の審議、運営についてでございますが、様々な知識、経験を有する学識経験者の合議によって進行が行われます、会議が行われますと同時に、議事は報道機関に公開をされております。さらに、会議終了後には議事録を広く一般にも公表しておりまして、御指摘のような議論に対する制約といいますか、不都合があるものとは私たちは承知をいたしておりません。

○義家弘介君

 非常にがっかりする回答でした。平場の議論で議事に起こされる問題ではなくて、本来公開の場でそんなことを主張したりするわけはなくて、その裏側でいろんな思惑、思いが交錯するのが会議というか行政の世界だと思いますけれども、私自身は非常に心配はしております。また、この北教組を代表するようなこういう問題というのは、北海道だけではなくていろんなところに現実として起こっているわけですよね。その辺を明らかにすることもまた今必要となってきたのではないかと強く強く思っています。

 さて、次の質問に移りますが、まず教員の質を向上させること、これも大事なことですけれども、一方で子供たちに、じゃ具体的にどのように豊かな学力、そして豊かな心を育成していくのかということも大事なわけですけれども、午前中の質疑でもありましたが、もう一度お尋ねしたいと思います。

 大臣、生きる力とはどんな力なんでしょうか。

○国務大臣(渡海紀三朗君)

 私の解釈は、学校教育で学んだいろんな知識とか技術、そういったものが、ただ単に知識が身に付くということではなくて、社会でそれをうまく表現をしたり、また応用したり活用したりして生き抜いていく力、そういったことを生きる力というふうに表現されたというふうに理解をいたしております。

○義家弘介君

 私、今大学で授業を持っているわけですけど、先日ゼミでこの生きる力についての議論をしたわけですけれども、ある男子がこう言いました。生きる力とは巧妙に立ち回る力であると。ちょっと私自身噴き出してしまいましたけれども、まあこれ受け取り方によっては非常に抽象的なんですよね。巧妙に立ち回らないと成功しないような状態もこの社会の中では現実にありますし、その中で、改正学習指導要領にも生きる力を残したという意味も踏まえた上で、生きる力を具体的に定義することが必要だと私は思うんですけど。

 これは私の個人の考えですけど、生きる力というのは選択する力だと思っています。責任を持ってより良い未来を、自分自身の人生を選択していく力、それが生きる力だと思います。

 一方で、これまでのゆとり教育の名の下で、ある意味では選択肢を狭めるような教育が行われてきた。選択するためには様々な基礎学力、様々な学びというのを必要としたわけですけれども、授業時間数を大幅に減らせ、基礎知識を減らしてきたように感じます。

 大臣、是非ひとつ、これすごく答えづらいところだと思いますが、このゆとり教育の総括、簡単に総括をしていただければと思います。

○国務大臣(渡海紀三朗君)

 ゆとり教育というのは、私が理解している限り、10年前の改訂でこの生きる力で授業の時間を減らしたり、それから内容も少し減らしたりした。そのことを一般的にゆとり教育と自然に呼ぶようになったというふうに、どういいますか、理解をいたしております。メディアが作った言葉だとも言われておるわけでございますが。

 あの教育の中で目指したものというのは、これ当時、生きる力ということが言われたわけでございまして、詰め込み式ではなくて自分で考える、自分でいろんなことを工夫をするといった、そういうことを例えば総合学習といったような新たに設けられた学習時間で子供たちにはぐくむということが当時意図されたというふうに理解をされております。

 ところが、なかなか現場にその趣旨がうまく伝わらなかった。これは伝え方が悪かったという反省も含めて、結果的に余り生きなかったと。要するに、自分で考えさせるんだから例えば教える方は黙ってじっと見ていなきゃいけないんだということで、結局うまくそういうものが働かなかったというふうなことが検証されているわけですね。

 そういったことを反省にして今回どういうふうに変えていくかということで、大事なことはやっぱり、生きる力というのをあえて残したのは、先ほど来、委員の考え方も1つだと思いますし、ある意味これは同じことなんだと思うんですね、選択する力というのも。実際、選択するというのは自分の力で未来を決めていくということだと思いますから、ある意味、知識を活用して自分はどういうふうに生きていけばいいんだということをしっかりと子供たちが考える、大きくなったときに。そういうことだと思いますが、そういうふうにするためには、やっぱり今までのやり方では駄目だという反省がなされたんだと理解をしております。

 私は反省は常にあっていいと思うんですね。前に意図したけれども、しかし、やっぱり目指すものは、実は理念としては生きる力だとあえて残したのは、何も前のが間違ってなかったんだということを言うわけじゃなくて、そういった力、今例えば委員の表現でいいますと選択する力みたいなものがやっぱり理念としては要るねということで、そのまま生きる力という形で残ったと。そして、それを具体的に実現していくために、今までの指導要領ではなくて、今回、細かいところはもう言いませんけれども、出させていただこうとしているような学習指導要領になっているというふうにお考えをいただいたらいいのではないかなと思っております。

○義家弘介君

 非常に誠実で実直な御感想で、非常に感激しました。

 選択するためには、人生を選択するわけですから、それは簡単ではないわけです。そのためにはあらゆる情報が必要と。その情報を基礎知識とするならば、今までの教育というのは、ある意味ドレミを教えないで作曲しろと要求してきたようなものだと、私自身なんかは教育現場にいながら、特にいわゆるできないと言われてきた子供たちと向き合いながら特に感じます。

 詰め込み詰め込みと言いますが、私は基礎知識は詰め込みでいいと思っている人間です。例えば、スポーツ選手だって必死になって自分の型を決めるために素振りをし続けるわけですね、打ち込みをするわけですね。そういう基礎的な徹底反復というのはまさに考えること、選ぶことの土台になっている。

 例えば、私のころはよく詰め込みがあしきものだと言われてきたころですけれども、だから年表なんかも全部詰め込みさせられましたよ。でも、そのおかげで世界の歴史と日本の歴史の関係なんかは結構勉強できた。例えば、清教徒革命のときに日本では鎖国が起こっていたとか、あるいは名誉革命のころは生類憐みの令が出されていたとか、世界との比較の中で詰め込みの結果としていろんなことを考えることができた。

 その意味では、この10%増というのは大きく評価すべきものだろうと思いますが、しかし一方で、その10%の内容の中に質が伴っていなければ、単に授業時間が増えたというだけでは、これはもう教える先生、子供の負担になるだけなんですね。その中で、1こまを45分にして7こまをなんというような取組が今行われているようですけれども、これは落ち着いた学校ならできるかもしれませんが、非常に荒れている学校で7時間目だったら、私は教員として教室に行きたくないような状況が起こり得る。だから、その学校に応じて様々な工夫が必要になってきたなという思いはあります。

 その中で、時間も迫ってきたので次の質問に移りますが、小学校英語についてです。

 今回の指導要領で、外国語に親しむという観点から、年間35時間、小学校5、6年生に小学校英語が行われると。この中では世論は分かれていて、英語より国語の方が大事だろうというような、分かれているところなんですけれども、この小学校英語について、渡海大臣はどのようにお考えでしょうか。

○国務大臣(渡海紀三朗君)

 私は英語力が余り強くない人間なので、そのせいかもしれませんが、早い時期からコミュニケーション能力をやっぱり養うということは大変重要だと思っております。日本の社会、これはもう当然、国際社会の中で生き抜いていくというのは当たり前でありますし、世界がグローバル化しているわけであります。やっぱりその中で英語が一応国際語というのは、これはもう認めなきゃいけない事実だろうと思います。

 昨日、ベトナムの実は副首相、これは教育大臣もされているそうですが、来られまして、いろんな話をされておりましたが、彼もドイツ語と英語としゃべれるんですね。まあ留学しているから当然だという話なんだけれども。

 やっぱりそういう中で、子供たちが早い時期から音に慣れるということ、それから要するにコミュニケーション能力ですね、こういうものを身に付けていく。英語というから非常にどういうか、多少抵抗があるんですね、国語もちゃんとできないうちに英語をやるというのは。ただ、今意図しているものは、子供たちがやっぱりコミュニケーションするという能力を身に付けるというために外国語教育を小学校の高学年で取り入れようということでありますから、私はこれは必要だという認識でございます。

 そのことによって、私はある意味、国語力だって上がると思うんです。要するに、それは言葉なんですから。言語力という意味から考えれば、国語も英語も同じように私は関連をしていると思いますから、そういうことをやることによって、中学からの英語の能力というものをスムーズにスタートをさせるためにも私は必要なことであると。これは私の考えでありますけれども、はっきりと申し上げたいというふうに思います。

○義家弘介君

 この問題に対して人と話すとき、随分認識がずれるときがあるんですけれども。それは、実は今現在もう小学校で英語教育は実際には行われていると。しかし、物差しがないものだから教員によってばらばらな英語の学習になっているという中で一定の線を文科省が今回の指導要領で示したことは自然だろうなと思うわけですけれども。

 文部科学省にお尋ねします。現在、小学校英語、どの程度の学校で行われているんでしょうか。

○政府参考人(金森越哉君)

 お答えを申し上げます。

 平成19年度の小学校英語活動実施状況調査によりますと、全国の公立小学校の約97%で英語活動が実施されておりまして、年間平均実施時間数は小学校第六学年で平均15.9時間となっているところでございます。

 ただ、委員御指摘がございましたように、各小学校の取組には相当のばらつきがございまして、今回の学習指導要領の改訂で小学校第5学年、第6学年に外国語活動を導入し、共通的な指導内容を示すことで中学校への接続の円滑化を図りたいと考えているところでございます。

○義家弘介君

 私自身も渡海大臣の意見と全く同じなわけですけれども、中学校3年間、高校3年間、大学4年間、あれだけ一生懸命英語の勉強をしたはずなのに、私はしゃべれないと。非常に、何だったんだろう、英語の勉強というような、ちょっとむなしい思い、もちろん私の努力不足もありますけれども、そういうむなしい思いも抱えながらなんですが。

 しかし一方で、どういう英語教育をするのかということについてはもう少し検証が必要であろうと私は思います。というのは、文部科学省指定の英語、特別に英語を学習している学校に視察に行ったわけですけれども、そこでとんでもない英語の授業が行われていたわけですね。予算も付いているから恵まれていたわけですけれども、ネイティブの先生、担任の先生、アシスタントティーチャー、3人で楽しく英語劇をやっていました。桃太郎の劇をやっていたんですが、そのときに、桃太郎のことをネイティブの先生に続いて子供たちは何と言っていたかというと、みんなで笑顔でピーチボーイ、ピーチボーイと言っていたんですね。私は、唖然としたんですよ。桃太郎というのは固有名詞なわけで、名前というのは親からもらった何より大事なもの、それさえピーチボーイと言ってしまう英語教育、そんな英語教育は百害あって一利なしだと思うわけです。

 どうしてなんですかって、授業が終わった後お尋ねしたら、桃太郎、桃太郎と言うよりはピーチボーイ、ピーチボーイの方がリズムがいいから子供たちに親しみやすいと、だからピーチボーイにしましたと。これはおかしな英語教育だと私は強く強く主張しましたけれども、まさにこの固有名詞さえピーチボーイと言ってしまうような教育が、もし小学校英語の中で行われていったならばこれは大変なことだと思いますけれども、渡海大臣、いかがお考えになりますか。

○国務大臣(渡海紀三朗君)

 率直にお答えをさせていただきますが、確かに間違いであると思います。固有名詞はそのまま使うべきであります。

 日本の、日本語というのはそのまま英語になっていることもたくさんあるわけでございますし、言うまでもなく固有名詞はそのまま使うべきでありますが、まあ委員がおっしゃるほどそれは大変なことだというようなことではこれは私はないのかなと。正直、ちょっとしたしゃれかなということでもいいのかなというふうには正直思います。これはむしろ正直申し上げます。いろんな受け取り方の違いがあろうかと思います。正しくは、だけど桃太郎というふうに言うべきだろうというのは思います。

○義家弘介君

 私はそうは思いません。

 改正教育基本法の中でも、様々な伝統とか文化とかを大切にしようという中で、桃太郎というのは本当に代表的な男の子なわけですから、その男の子をピーチボーイと笑顔で言ってしまうということは、私自身の中ではしゃれだとは全然思えないわけですけれども。

 先ほど大臣が、国語の勉強にもなると、まあ語学だからこそと。その意見は全く実は同じなわけですね。例えば「吾輩は猫である」、すばらしいタイトルの、信じられないタイトルというか、衝撃的なタイトルというか、あの漱石の代表書、それを英語に直したらアイ・アム・ア・キャットなわけですね。だからやっぱり、我が輩、わたくし、わたし、僕、おれと、英語を学ぶことによって日本語というものの奥深さも子供たちが知っていくという意味では楽しい、外国の文化である語学を勉強することによって日本語をもう1回考えていくという契機にもなる。だからこそ、親からもらった名前をピーチボーイと言ってしまう、固有名詞さえ外国語に変えてしまうような英語教育ではなくて、もっと日本語とか、それからその言葉に込められている思いというものを大切にする英語教育を、小学校段階だからこそより充実していく必要があろうと私自身は考えています。

 まだまだ聞きたいことがたくさんあるわけですけれども、ちょっと時間が来ましたので質問の方はこのぐらいにしますが、今、一歩一歩教育再生を具体的に進めていかなければならない。その具体的に進める中では、様々なあつれきも様々な抵抗もあると思いますけれども、やっぱり未来をつくっていくという意味では覚悟を決めて歩んでいかなきゃいけない重要なもの、私も微力ながらそのために自分自身の存在を懸けてこれからも頑張っていこうと思っています。

 本日はありがとうございました。

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